渡哲也の嫁さんは青学後輩交際8年 吉永小百合と二股交際?

渡哲也さんの嫁さんは一般人で青学の後輩にあたります。
渡さんが芸能界に入る前からの交際です、さらに芸能界入りを
後押ししのは嫁さんのお父さんです。しかし渡哲也さんは
吉永小百合さんと出会い大恋愛に落ちます。それでは今の
嫁さんはどうしていたのか?結局吉永さんと別れたあと
嫁さんと結婚します。二股交際疑惑が残ります…

 

出典:https://matome.naver.jp

 


吉永小百合が渡哲也の嫁になるはずが 大恋愛は2年間で破局

出典:http://blog-imgs-32.fc2.com

 

若い頃はヘビースモーカー!

1965年 渡 俳優デビュー
1966年 映画「愛と死の記録」吉永と共演 熱愛


交際 周囲には吉永のことを「うちのカミさん」と公言!


1968年? 破局(交際2年)
    吉永は結婚を望んだが両親は「渡が女性にもてること」を理由に猛反対であきらめる
    「両親を説得できなかった」と後年語る
    渡の結婚を知らされたときは泣き通した!

2人が急接近したのは、吉永と初共演した映画「愛と死の記録」(66年)
渡が小百合のことを、ごく親しい仲間内ではしていた
昭和四十三年頃のこと


小百合ちゃんは両親に、渡さんと結婚する意思を伝えていましたが、
両親はどうにかして引き離したかった。『あんなモテる男じゃ、お前が苦労する』と
渡哲也との大恋愛は、2年余りで


「両親を説得できなかったんです。だから(渡と)直接会って、『あなたとは結婚できません』と伝えました。
渡の結婚を知らされた吉永は、「悔いがある」と言って、泣き通した

スポンサーリンク


渡哲也の嫁について

 

  • 石川俊子さん
  • 1年後輩
  • 父は上場企業重役
  • クリスチャン
  • 青山学院大学時代の同窓生で、在学中から交際していた人物

 

渡哲也と嫁さんのなれそめ クリスチャンと仏教 ハワイの教会

 

出典:www.exeojapan.com

 

1963年 青学で渡と嫁さん出会う
↓    俊子さんが1年後輩

交際


1971年3月 (交際8年?)
  ハワイの教会で2人だけの結婚式
 (渡30歳 嫁29歳)

渡哲也さんとお嫁さんの俊子さんは
8年間交際して結婚したことになってます。

8年間といえば長いですね!
嫁さんの結婚年齢が29歳です!

いまとちがい当時の女性の29歳といえば
完全な行き遅れ
婚期を逃した
お局さま一歩手前
です
今から45年前の世情ですから!

よくもその年まで
渡哲也さんを待っていたものです!
献身的に尽くして
渡哲也さんが迎えに来るのを
まっていたのです。


健気なお嫁さんです!

渡哲也さんのお嫁さんは
クリスチャンで彼女の希望で
ハワイの教会で挙式をあげたそうです。


ちなみに渡哲也さんは
仏教だとテレビでいってました!

 

スポンサーリンク


渡哲也 嫁さんと吉永小百合 二股疑惑!

1963年 青学で渡と嫁さん出会う

↓ 
1965年 俳優デビュー
↓   1966年 映画「愛と死の記録」吉永と共演 交際
↓ 
↓ 1968年? 吉永と破局(交際2年)


1971年3月 (交際8年?)
  ハワイで2人だけの結婚式

この時系列を見ますと

渡哲也さんと嫁さんが交際していた期間に
スッポリと吉永小百合さんとの大恋愛期間が
収まるのです!


渡哲也さんはお嫁さんと吉永小百合さんと
ダブルで交際していたことになります。


実際のところはどうでしょう。

渡哲也さんといえば男気があって
誠実な人間像ですが


若い頃は二股かけても平気な
どこにでもいるようなモテ男だった
ということでしょうか?

渡哲也さんも聖人君子ではないですから
お嫁になる人
吉永小百合さん
まだほかにも遊んだ女性は数多くいるんでしょうね?

渡哲也さんのお嫁さんになる
石川俊子さんですが
8年間交際していたというのですが
実はただのガールフレンドレベルだった
ということも考えられますね。

かなり親密なガールフレンド
あたりでしょうね。

渡哲也さんと吉永小百合さんとの大恋愛は
有名です。

知らない人はいないくらい!
それはふたりが当時大人気スター同士だった
からです


注目度抜群です!
当時の映画関係者の証言など見ても
大恋愛していたのは事実でしょう。

しかし吉永小百合さんの厳格な父親が
大反対して結ばれませんでした。

渡哲也さんは吉永小百合さんと別れた後
3年後にいまのお嫁さんと結婚しますが
どうやって付き合いはじめたのか
興味あります。

もともと交際していたのなら
元のさやに戻ったというべきでしょうが
そうすると二股交際ですし。


お嫁さんの俊子さんは
吉永小百合さんとの大恋愛報道を
耐えていたのか?


でも自分のところへ
戻ってきてくれた
あ~うれしい!
そんな感じでしょうか?

なんかすきっりしませんね…


渡哲也の強育論!


渡哲也さんが昔、欽ちゃんのバラエティ番組にゲスト出演したときの
ことをおぼえています。


欽ちゃんに家庭のこととか子供のこと聞かれて
渡哲也さんの教育は要するに
スパルタ教育なんですよね!


まぁ昭和の父親だから当時は
当たり前なんですがそういう父親は。


渡哲也さん自身も厳しい父親のもとで
育ったのでそれも影響されてるのでしょう。

渡さんのお子さんが何かをしたらしくて
ビンタをしたというとそのあと
涙をいっぱい浮かべてトイレで泣いていたとか


子供からすればテレビの人気番組で
そんなこと暴露されたら恥ずかしいと
思いますが…

渡哲也さんの子供じゃなくて
よかったと思いましたね^^;


あと礼儀にものすごく厳しくて
渡哲也さんを訪ねてきた知人に
挨拶の仕方が悪かっらしく
やはり知人の前でひっぱたいたようです!

その知人がまあまあといって
取りなしたというほど
厳しく叱ったのだとか。


いま人前でそういうことする
父親はほとんどいなくなりましたが
昭和の父親からすれば
当たり前なことなんです。


あと渡哲也さんの自伝のような本が
あるのですが
父親として子供に教えるのは
「ケンカが出来るようにすること」
だそうです!


いまは大人ですから
渡哲也さんの教育論は少しはわかります


世の中は理不尽なことはたくさんあるし
いじめられるかもしれないし
闘えということですね!
強く生きろ!ということですね!


我慢しないで嫌なことは嫌と言え!
相手が力で来たら闘えということです。


いまのお父さんはこういうことは
言わないでしょうね~


渡哲也さんの本であと記憶に残っていることは
家ではわがままで通していて
家庭の中で父親だけは
やらなくていい
ルールを守らなくていいことが
あるんだ
一家の主は特別許されるんだという
ことがあるのだ
ということを子供に分からせるという
話がでてくるんですが


うまく説明できないのですが


食卓で家族3人でご飯を
たべていて
渡哲也さんだけ
肘をついて食べていたのか?…
(記憶が定かではありませんが)

「なんでパパは肘をついて食べていいの?」
って子供が尋ねると

「パパはいいんだ」と答えるんですね!

「どうして?」なんて通用しないんです

「パパはいいんだ!」

それを子供たちに分からせなきゃいけない
という話だったと思います。

平等とか理想のパパなんてくそくらえって話です^^;


渡哲也さんの持論は正しいと思います
渡さんのお父上も同じことをしていたのでしょう。

 

 

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL